天井の木目って、こんなに多かったっけ?
つまらないことばっかりが頭の中をよぎる。
今何時?天気は晴れ?それとも・・・曇り?
人間って可笑しい。独りになると色んなこと考えるんだね。
だからこんなことしちゃったのかな。
今さらながら事の重大さに気付きはじめた。
・・・・・・・だけど、変だよ。罪悪感っつーものがない。
トンビの鳴き声が響く。障子の隙間から、朝の光がもれる。
使い古されたような机の上にリモコン。かなり古い型のテレビ。
自分の家と違う、旅館の匂い。
ああ、本当に1人でここまで来たんだなぁ、と改めて実感。
布団から起き上がり、リモコンを取ってテレビをつけた。
ニュースがやってる。
あれ?何かが・・・・・違う。旅館で見るニュースって、妙に響くんだ。
そんなこと家にいたときは感じなかったのに。
ひょんなことが全部新鮮に思えて、少し嬉しかったりもした。
ひとりであることが、嬉しかったりもした。
だけど何かがわだかまりとして胸に残ってる。
・・・・・・・これは、何?
このもやもやを振り切ろうと、散歩に出ることにした。
外はいい天気。深呼吸してみると、森が、海が、風が、全て
自分の中に入ってくるような不思議な感じがした。
後ろを向いて、さっきまで自分がいた旅館を見てみると、
自分がちっぽけであるような気がしてたまらなかった。
何だか怖くなって、それがなにかも判らずに少し小走りで海の方へ向かう。
なにも考えずに早歩きしていたおかげで、誰かにぶつかってしまった。
「おわ!ごめんなー」
・・・・・?ご、ごめんなさい・・・・
急に現実に引き戻されてびっくりした。
僕とぶつかったその男の人は頭がものすごい寝ぐせだらけで鼻メガネ、
おまけに背中にはギターのようなものを抱えていた。
歳は僕より少し年上のようだ。
そう思った途端、少し目眩がおこった。海辺の遊歩道は落ちてしまうと危険。
判っていたけど倒れ込みそうになった。
「お・・・・・・おいおい、どうした?!大丈夫か?!」
・・・・、大丈夫な訳ないだろう、この状況は。
「あ!そうだ。俺んちすぐ近くだから、ちょっと休んでけ」
・・・・・・・えっ?
「まぁまぁ遠慮すんなって!んじゃ行くべ。ほらっ、肩にしっかりつかまれよ」
そんなこと言われても、ギターが邪魔で肩組みづらいんですけど・・・
心の中で突っ込みを入れているフラフラな僕を、男の人が引っ張る。
どのくらい歩いただろう。(いや、引きずられただろう。)
ぼんやりした意識の中で、この間の鼻風邪が悪化したのだろう、
などと考えていた。そして気がつくと、見知らぬ部屋で横になっていた。
「あ、気ぃついたか?」
・・・・・・・・さっきの男の人だ。
「悪ぃな、病人見るとほっとけねーんだわ俺。」
そう言いながら、僕の近くに冷水をおいた。
どうやらひとり暮らしのようだ。部屋はこぢんまりとしていて、
それなのにこの散らかりよう。まさに男の1人暮らしだ。
だんだん意識がはっきりとしてくると、旅館に戻らなければ、という
思いが湧きだしてきた。そうだ、他人様の家に勝手に上がり込んで
何をお世話になっているんだ、僕は。
立ち上がろうとしたが、頭がクラクラしてすぐにへたり込んでしまった。
「おいおい、何無茶やらかしてんだ。まだ寝てろよ、本調子じゃないんなら」
で、でも・・・・・
「いいから寝てる!風邪っぴきが外に出たら危ねぇだろ」
少しの間があった。僕は一点の場所しか見ていることしかができず、
息がつまりそうだった。
『少しの時間』なのに、1時間くらいの長い時を感じる。
時計の針の音が聞こえる。
「なぁ、お前どっから来たんだ?」
え?
「ここらじゃ見ねぇ顔だし、それに・・・・・・どう見たって家出少年って顔してるしな」
・・・・・どんな顔だ。
「お、当たりだろ。家出、だよな」
僕は小さく頷いた。
・・・・・・・・・それにしても、この人はどうして赤の他人を自分の家に
連れ込んで看病なんかできたりするんだ?
自分だったら絶対に怪しんで家には入れない。
・・・・どうして、だろう。
「俺なぁ、今、ストリートライブやりに行くとこだったんだ」
・・・?
「小さい頃からミュージシャンになるのが夢でさ、ずっとそのことばっかり考えてたんだ」
・・・・・・・・・・・・・
「でもその夢うつつの最中に、突然母親が病気で・・・・・・」
・・・あれっ、今、心臓が高鳴った。
何でだろう、人の話を聞いていただけでこんなに鳴るのは初めてだ。
もっとこの話を聞いてみたい。そう思うようになっていた。
「今思えば、自分の夢ばっか追いかけて・・・母親に苦労かけっぱなし
だったなぁ、ってしみじみ思ってさぁ」
お父さんは・・・・・?
急に口が開いてしまった。話を聞きたくてたまらなかったんだ。
「父親は・・・・弟と一緒に暮らしてる。俺は1人でここまで来ちまった。
それからずっと音信不通だ」
また、心臓が高鳴った。
「だからさ、お前みたいな病人見てると、母親思い出しちまうんだよ」
・・・・・・・・・・・・・・・
「そういえば、俺の弟もお前ぐらいの歳だなぁ。名前なんつーんだ?」
一哉、です。
「・・・・・・・え?」
さっきの間より、さらに長く感じた。そして聞こえるのは時計の針の音と、
自分の鼓動だけ。
「お前、名字なんていうんだ?!」
口調が激しくなった。
ひがし・・・・東、です。
「やっぱり・・・」
心臓の鼓動は、高鳴るのをやめた。
真実を知ったからか、それとも風邪が少し治ったのか。
「・・・・・そうか、じゃあ尚更、家に帰さねぇとな」
・・・・えっ?
「お前が家出した理由は、大体判るよ」
・・・・・・・・・・・・・・・・
そうだ、僕の家出の理由。
独りが嫌だから。
父親は出張続きでろくに帰って来ず、家では自分1人。
幼い頃の記憶だけだ、家族団らんの思い出は。
学校では常に同じ毎日を繰り返して、休日が来て、それで一週間は終わり。
家には・・・・・誰もいない。
そんな生活をずっと続けていれば、孤独になるに決まってる。
それに耐えかねて、こんな遠い、ちっぽけな旅館に来た。
でも・・・・・兄に逢った。
夢を追い続けてこうなった、と言っているけど、それは多分後悔することじゃない。
僕はその夢すら、持てなかったんだから。
むしろ、その夢を自分から遠ざけていたのかもしれない。
「お前さ、今から家に帰って、もう1度同じ生活してくるといいよ」
迷っていた僕の背中を後押しするように、兄が言った。
「親父は仕事だから仕方ないけど、いつか家に帰って来るときまでに
自分のしたいこと見つけておくとかさ」
・・・・・・・・・・・
「そのときじゃなくても、ゆっくり考えていけばいい。それでもつまずいたら・・・」
「俺んとこに来な。1人になると、考え行き詰まったりするしな」
単純に、嬉しかった。兄弟だから、っていう理由じゃなくて、
独りにならない、独りじゃないってことが・・・・・すごく嬉しかった。
泣きそうになったけど、そこはこらえた。
だってこの人、泣いたらすごい突っ込み入れてきそうだから。
そう考えると、反対に笑いが込み上げてきた。
「な、何笑ってんだよ?」
なんでもない。
「気になるな・・・・・もしかして、アレ見つけたか?」
は?
「いや、俺の極秘・・・・あ、いや、なんでもない」
や、むっちゃ気になるよ。
「まぁ何はともあれ、風邪も少しおさまったみたいだし、旅館のとこまで送ってくよ」
人間って、やっぱり可笑しい。
だってこんだけのことなのに、すごく嬉しいと感じてしまうから。
今まで独りだったのに、自分のこと判ってくれる人が出来ただけで
何でも1人で出来そうな気がしてしまうから。
ひょんなことで、自分は幸せだ、と感じてしまうから。
