「キミは・・・・・・・・・消えないよね。」





周りの景色は夕日で真っ赤に染まり、やわらかい風が吹いている。
在るのは飛空挺のエンジン音と、2人の呼吸と、私の不安。
何かを失うときの気持ち・・・・・・そう、父さんを失ったときと同じ気持ち。
何が何だか判らなくなる。ただ漠然とした不安が、心にあった。
だから私は、確認するみたいに・・・ううん、確信するみたいに、キミに言ったんだ。







私たちは『シン』の体の中の、奥へ奥へと進んでいった。
『シン』の中は薄暗くて、誰でも中にいれば嫌な気持ちになりそうな場所。
それに自分が今、何をしているのか。そう考えるとちょっと新鮮だった。
同時に、始まりと終わりが同時に来そうな予感がして、胸が高鳴った。

「ユウナ、大丈夫?」
私の様子を気にしたのか、ルールーが顔を伺いながら声をかけてきた。
「うん、大丈夫・・・だよ」
「そう?無理しちゃ駄目よ。」
「無理なんかしてないよ、私。ちょっと・・・・・欲張りなだけ、かな。」
「ふふっ・・・・・そうかもね。このメンバー全員、きっとかなりの欲張りよ」

他愛ない会話の中で、ルールーと私の『欲張り』な話題は少し違ってた。
ルールーは何の犠牲も出さない『シン』との戦いを欲張り、って
思ってたみたいだけど、私は違う。





とうとう、『シン』の内部にたどり着いた。
周りの景色は、ザナルカンド。言われなくてもそう確信できた。
前にシーモア老師に見せてもらった、あのスフィアの景色と同じだから。
機械仕掛けの綺麗な都市。だけど、『シン』の中のザナルカンドはどこか違う。
人の気配は全くないのに、あったかくて身近に感じることができたんだ。
きっとそれは・・・・

「遅ぇぞ、アーロン」
「・・・・・・すまん。」
昔聞いた懐かしい声。それは確かにジェクトさんのものだった。
はっ、として私はキミを見る。

「よぉ」
「あぁ。」

言葉数が少ない分、キミとジェクトさんは暫く向かい合ってた。

「へっ!背ばっか伸びてヒョロヒョロじゃねぇか!
 ちゃんとメシ食ってんのか、ああん?」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・でかく、なったな。」
「まだ、あんたの方がデカイ。」
「はっはっは!なんつってもオレは『シン』だからな。」
「笑えないっつーの」
「じゃあ、まぁ・・・なんだ、その・・・・・・・・」
ジェクトさんは少し寂しげに、続けて言った。
「ケリ、着けっか・・・」
「オヤジ。」
「おお?」
「・・・・・・・・・・・・・ばか」
「はははは・・・それでいいさ。どうすりゃいいか、判ってんな」
「ああ!」

ジェクトさんは一息ついて、自分の手を見つめて言う。
「もう、歌もあんまし聞こえねぇんだ。もうちっとでオレは・・・・・・・
 心の底から『シン』になっちまう。間に合って助かったぜ。
 んでよ・・・・始まっちまったら・・・オレは壊れちまう。
 手加減とか、できねぇからよ!・・・・・・・・・・すまねぇな」
「もう、いいって!うだうだ言ってないでさぁ!」

涙出そうなの、必死に堪えてたよね。だけどそれでも、
キミは真っ直ぐにジェクトさんを見てた。
「・・・・・だな。じゃあ・・・いっちょやるか!!」
「・・・・・・・・・・!」

キミはジェクトさんを追って、駆けて行った。腕を伸ばして、もうすぐ
足場のない下へ落ちるジェクトさんを、捕まえようとした。
だけどそれは届かないで、ジェクトさんは下へ落ちていく。
姿が見えなくなると、今まで光のなかったザナルカンドが、
一気に光を取り戻した。そして・・・・
父さんの究極召喚獣、ジェクトさんが姿を現した。
今まで話していたジェクトさんとは全く違ってた。
恐怖すら感じるその姿に、キミは叫ぶ。
「すぐに終わらせてやるからな!さっさとやられろよ!!!」




「絶対負けねぇ!もう・・・あんたには、負けねぇ!」
その一言で、召喚獣にトドメを刺した。
すると光が溢れ、『何か』が召喚獣から出ていった。
それと同時に、召喚獣からジェクトさんの姿に戻る。
ジェクトさんが倒れ込もうとするのを、キミは抱き止めた。
そしてジェクトさんの体を横にする。キミの目には光るものが溜まっていた。
「泣くぞ、すぐ泣くぞ・・・・・・絶対泣くぞ、ほぉら泣くぞ」
「・・・・・・・・だいっ嫌いだ。」
目に溜まっていた光るものが、頬をつたってこぼれ落ちていく。
「はは、・・・・・まだ早いぜ」
「全部終わらせてから・・・・・・・・、だよな」
「判ってるじゃねぇか。さすがジェクト様のガキだ」

「・・・・初めて、思った。」
キミは立ち上がって、言った。
「あんたの息子で・・・・・・良かった。」
「・・・けっ」

会話を気にしながらも、私は口を開いた。
「ジェクトさん・・・・・あの・・・・・・・・」
「駄目だユウナちゃん!時間がねぇ!!」
ジェクトさんの体から出ていったあの『何か』が、急接近しようとしていた。
「邪魔すんじゃねぇ!!!」キミがそれを察知して、叫ぶ。
「ユウナちゃん、判ってんな?召喚獣を・・・・・・・」
そう言った途端に、バハムートの祈り子様が姿を現す。
「僕たちを!」
「呼ぶんだぞ!!!」「呼ぶんだよ!」
「・・・・・はい!」
私は期待に応えるよう、強く言い放つ。
「来るよ!」
ルールーが叫んだと同時に、辺りが目映い光に包まれた。



目が覚めると、そこは大きな剣の上だった。
その剣はまさにジェクトさんのもの。
すると目の前に、赤黒い光と共に、全ての原因であるエボン=ジュが姿を現した。
後ろから大きな声がする。
「ユウナ!」
キミの声。私はそれに応えようと、召喚獣を呼び出す。
ヴァルファーレ。一番最初に、心を通わせ合った召喚獣。
そう理解っていても、エボン=ジュを倒すために、祈り子様を
救うために、ヴァルファーレを倒さなくてはならない。
エボン=ジュがヴァルファーレに乗り移ると、瞬く間に
ヴァルファーレの殺気が私たちへと向けられた。






もう、召喚獣は、・・・・・・・・・・・いない。
悲しくなった。・・・だけど、行き場をなくしたエボン=ジュを
倒さなければ、全てを終わりにはできない。

「みんな!一緒に戦えるのは、これが最後だ。よろしく!!」
キミが叫ぶ。私の胸が高鳴る。
「へっ?」動揺を隠しきれないワッカさん。
「なんつったらいいかな・・・・・エボン=ジュを倒したら、
 俺・・・・・・・・・・消えっから!!!」


飛空挺でのあの不安が一気にさかのぼる言葉を、キミは言った。

「あんた、何言ってんのよ?!」
ルールーの言葉も聞かず、キミは私を見た。
私は何か言葉をぶつけようと思ったけど、声が出せなかった。
キミは何も言わず、笑顔で私の言おうとしたことを掻き消した。
そしてキミはエボン=ジュに剣を向けながら、やっとルールーに応える。
「さよならってこと!」
「そんなぁ・・・・・」
その言葉を聞き、リュックが声を出す。
「勝手で悪いけどさ!」

「これが俺の物語だ!!!!!」








永い永い、時間。ようやくエボン=ジュを倒すことができた。
またもや眩しい光が辺りを包み、一瞬にして消滅した。

そこからどうやってどうなった、とか、あんまり・・・覚えてない。
だけど、頭が真っ白で・・・・ただ、崖っぷちに立たされている気がした。
それでも私は踊る。祈り子様たちのために、ジェクトさんのために、
この戦いで犠牲になった、みんなのために・・・・・・・・・

ふっと視界に、アーロンさんの体から幻光虫が出ていくのを見る。
それに気付いた私は、咄嗟に異界送りの動作を止めてしまった。
「続けろ。」
「でも・・・・・・・・・」
「これでいいさ」

アーロンさんはキマリの肩を軽く叩き、みんなの顔を
見ながらキミに向かって言った。
「10年待たせたからな。」
キミはアーロンさんを真っ直ぐに見つめる。
「もう、お前たちの時代だ。」

そう言うと、アーロンさんは幻光虫に包まれ、高く昇っていった。





飛空挺の上でも、私は異界送りを続ける。
召喚獣たちが、幻光虫となって、次々に消えていく。
これで永遠に眠ることができる。それは頭で判っていても・・・

「俺、帰らなくちゃ。」

私はキミの言葉を否定するように、首を横に振る。
「ザナルカンド案内できなくて、ごめんな。」

みんなの顔を見渡して、甲板の先へ先へと進んでいく。
本当は大声を出して引き留めたかった。だけど・・・声が出てこないんだ。

「じゃあな!」
「おい!」
「また会えるんだよね?ねぇ?!」
ワッカさんとリュックが声を挙げる。

私は体が勝手に動いて、キミの体を追った。
もう甲板ぎりぎりだったのを見て危ないと思ったのか、キマリが叫ぶ。
「ユウナ!」

走って、追いかける。キミの腕をつかんでいたい。キミと触れていたい。
そう思って駆け寄ったはずだった。
なのに・・・・・・・・・私の体はキミをすり抜けた。
私は甲板にうつ伏せになった。

何でだろう?
一番触れたいと思う相手に、触れられない。
一緒に居たいのに・・・・・居られない。
そう思うと、涙が込み上げてきた。
甲板は冷たいのに、涙はやけに熱く、頬をつたう。


でもこのままじゃ駄目だ。
せめて、キミが私にしてくれたこと、精一杯言葉にしよう。
私は立ち上がり、キミに背を向けたままで言った。

「・・・・・・・・・・ありがとう。」

大丈夫、キミは判ってくれるよね。
私の精一杯の言葉。
目を閉じて、キミを思う。
だってそれだけでキミを感じることができるから。


キミは私の体を通って、甲板の先へ、更に進んだ。
そして、飛んでいったんだ。
父さん、アーロンさん、・・・・・ジェクトさんの、ところへ。


















真っ青な空。果てしない海。水平線を見つめながら、私は指笛を吹く。

「ユウナ」

ルールーが私を呼びに来た。
今日はルカのスタジアムで、スピラのみんなにナギ節の挨拶をする日。





私はひと通りみんなの顔を眺めてから、話を始めた。








多くの・・・・・・数え切れない犠牲がありました。

何をなくしたのか判らないくらい、たくさん・・・なくしました。

その代わり、もう・・・『シン』はいません。
もう、復活もしません。


その言葉を聞いて安心したのか、スタジアムの全員が歓声を挙げる。
歓声が収まってから、また話を続けた。


これから・・・・・これからは、私たちの時代、だよね。

不安なこと、いっぱいあるけど、時間もいっぱいあるから・・・

だから、大丈夫だよね。

力を合わせて、一緒に歩けるよね。



私は思い出していた。今まで逢ってきた人たちのことを。



ひとつだけ・・・・・・お願いがあります。

いなくなってしまった人たちのこと・・・時々でいいから、






思い出して、下さい。

















だいぶ経った今でも、指笛、吹き続けてるよ。

ビサイドの海で、キミとまた逢えること・・・信じてるから。