変に恋する
正直、すごく気になっていた。
・・・・・色んな意味で、だけど。
秋の空気にも慣れて、もう夏の気配なんか感じなくなるこの時期に、あの人は必ずやって来る。
しかも村で見かける場所は宿屋の二階とほとんど決まっていた。
つまり、あまり動かないんだろう。
宿屋は色々な人が集まるし、何より一人暮らしな自分にとってはありがたい場所だった。
だから二階まで上がって、一通り宿泊客に声を掛け、談笑して、・・・そしてあるときは一階でご飯を食べる。
街からやって来た人などは「迷惑な人だな」と思われるかもしれないけど、
そんなことが笑って許されるこの村が、私は大好きだ。
初めてあの人に会ったのはやっぱり、宿屋の二階だった。
私が牧場生活に慣れ初めて、十ヶ月くらい経った頃。
「ティナちゃん、今日は面白いお客が来てるよ」
「へ?・・・珍しいですね、こんな時期に」
「まあ、さすが食欲の秋と言うのかね・・・・・後で挨拶でもしてみるといいよ」
「それよりウェンさん!今日のチーズオムレツは一段と美味しいですねっ」
私が口いっぱいにオムレツを頬ばらせていると、ウェンさんは苦笑しながらありがとう、と言った。
「こりゃ、気が合うかもしれないな」
「はい?」
「いい匂いですネ〜」
ウェンさんの言葉に疑問を持ち、すぐに聞き返すと、後ろから聞き慣れない声がした。
思わずさっきまでオムレツをかき込んでいたスプーンを持ったまま、振り返る。
「こんにちわ。キミ、確かティナさんとかいう牧場主、ですね?」
「は・・・はあ。そうですけど。あなたは?」
「ああ、申し遅れました。ワタシ、グルメマンという者で〜す」
「ぐ、ぐるめまんさん・・・・・?」
私が目を点にしていると、ウェンさんがすかさずフォローに入った。
「ティナちゃん、この人は料理に関してはプロフェッショナルで、この辺でも有名なんだよ」
「そ・・・そうなんですか。すみません、知らなくて」
「いーえいえ!ワタシもまだまだ修行中のようなものですよ。それではウェンさん、ワタシにもこのオムレツを」
「わかりました、ちょいとお待ち下さい」
・・・・・・・変な人。
それが私のあの人に対する、第一印象だった。
それから数日が過ぎた日のこと。
「確か今日、完成のはず」
そう呟くと私は早々に家を出た。
先日買った土地に、ついに動物小屋を建てたのだ。
これでやっと動物が飼える。牛に、羊、そして交通手段にもなる馬・・・
期待に胸を膨らませながら、その土地に動物小屋が出来ているのを発見すると、
ためらうこともなく私は小屋の中へと入っていった。
すぐに、また目が点になった。
「こ・・・これは・・・・・っ」
なんと小屋の飼い葉取り出し口の付近に、ピンク色の生き物がいた。
私が見る限り、あれは確かにブタ。
「まさかオマケ?・・・・いやいや、そんな訳ないよね」
一人で意味不明な突っ込みをしながら、そのブタに段々と近寄っていった。
一応しゃがんで目線を合わせると、ブタもこちらの気配に気付いたようで、こっちを向く。
「か、可愛い・・・」
丸いつぶらな黒目がちの目。ブタにときめいてしまったのは、今まで生きてきた中で初めてのことだった。
「も〜う逃げられませんよ・・・・・」
しばらくそのブタを観察していると、急に誰かの声がしたので驚いて入口の方を見た。
そこには、軽く息を切らしたグルメマンが立っていた。
「え、あ、あの・・・ひょっとしてこのブタ、グルメマンさんの?」
「ああ、ティナさん!そいつをトント〜ロにしてやって下さーい」
「・・・・・・・・え!!!」
トントロ、ってあの、よく焼肉であるあの・・・・・トントロ?
良からぬ想像が頭の中を一瞬だけ、駆けめぐった。
「今目の前にいるこのブタを、ト、ト、トントロにしろと・・・・・?」
「何言ってるですか?名前ですナマエ。コイツをティナさんの牧場で飼っていただこうと思ったんデース」
「・・・・は・・・・・・」
何と言うか、突っ込むところが多すぎて、突っ込む気になれなかった。
そういうことは早く言ってくれ、とか、一応ココ人の家なんだよ、とか、そのネーミングセンスはまずいよ、とか・・・
「駄目ですか?駄目ならコイツを本当にトント・・・・・・」
「い、いえ!喜んで飼わせていただきますよ!!」
「そうですか〜!それはヨカッタ。コイツはあの高級食材のトリュフを見つけることができますからネ」
「・・・へ?とりゅふ?」
私はトント〜ロを持ち上げて、また顔をじっくりと観察し始めた。
「そうデ〜ス。コイツを外に出しておくと、いつか見つけてくれるかもしれませんヨ?」
「へぇ。・・・・トント〜ロ、すごい特技持ってたんだね」
そう話し掛けると、判ったのか判らないのか、また私をあの黒目がちなつぶらな瞳でじっと見つめた。
「ふふふっ、かわいー」
思わず笑顔になってしまった。
今日から世話が大変だな、なんてことは後から思うんだろうけど、今は純粋にこの子が可愛くて、微笑ましい。
「・・・・・・・じゃあ、ありがたく受け取りますね、グルメマンさん」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・グルメマンさん?」
「・・・・・・・あ、ああ、スミマセン。それでは頼みましたヨ、ティナさん」
ずっと突っ立って、私とトント〜ロのことを見ていたグルメマンさんを不思議に思ったりもしたけど、
その日はそれ以降、結局トント〜ロの改名のことで頭がいっぱいだった。
「やっぱりトント〜ロなんて酷すぎるからね。・・・やっぱここはそのまま、『ピグ』にしよう」
英語読みでそのまま、ピグ。
私のネーミングセンスも、あの人と同じくらいなのかと少し疑って、そして苦笑した。
その日を区切りに、大抵はピグと料理の話でグルメマンとは盛り上がっていた。
いつも、宿屋の二階で。
「グルメマンさん、私んとこの野菜って食べたことあります?」
「モチロン!特にサツマイモは美味しいデスネ〜」
「ふふっ、・・・私、イモ類大好きなんですよ。その分愛情が伝わってるんじゃないかなぁ」
「そ、そうデスネ。是非ともワタシが、それを使ってスウィートポテトを作ってみたいものデス」
「あ!いいですねそれ。私も今度作ってみようかな・・・」
「それなら砂糖の代わりにハチミツを入れるといいデスヨ!優しい味になりますからネ」
「へ〜。さすが料理のプロ。・・・・じゃあ、プロから見てウェンさんの料理のお味は?」
「文句のつけようがありません!彼の作るモノは何だって美味しいデ〜ス」
「そ、そうですか」
そんな、他愛ない会話を繰り返していた。
変な人。
どこか面白くて、何だかずっと行動を見ていたくなる、ような。
ずっと一緒にいたい、ような。
彼と話が一段落つく頃は、もう辺りが真っ暗になっていた。
いつもグルメマンはそこまで送っていくと言ってくれるけれど、そんなに遠くないんだし、
私はその度にいつも断っていた。
でも、その帰り道。
別れて寂しくない、という気持ちがある訳ない。
「・・・・・・・あれ?」
午後四時。仕事を終えて、いつも通り宿屋の二階に上がってくると、馴染みの顔は見当たらなかった。
どの部屋を探しても、あの人はいない。
私は上がってきた階段を、荒っぽく下に向かって降り始めた。
少しだけ、嫌な予感がしたのだ。
以前こんな話をグルメマン本人から聞いたことがあった。
『花の芽村には、秋にしか滞在しない』と。
今は十一月の末。ちょうど冬にさしかかる頃。
・・・・・挨拶もしないでこの村を出ていくのだろうか?
いや、そんなことはあり得ない。
だけど、あの人の性格のことだ。急にフラっと出ていってしまったかもしれない。
何だか、泣きたくなってきた。
その気持ちを堪えて、カウンターにいるウェンさんに問いただす。
「ウェンさん、・・・・・その、グ、グルメマンさんって・・・・・」
答えを聞くのが、怖い。
聞いたのはこちら側なのに、思わず目線を少しだけ下にずらした。
「ああ、入院してるよ」
「・・・・・・・はい?」
下にずらした目線を、ウェンさんに戻す。
「知らなかったのかい?ティナちゃん。・・・・・・そうか、昨日来てなかったからね」
そういえば、昨日は牧場仕事が忙しくて宿屋に行く暇がなかった。
そのときに何かあったのだろうか。
・・・・・でも考えるに、あの人が入院する理由なんて、マヌケだけど一つしか考えられない。
「だいたい想像つくだろうけど・・・診療所へ行ってみな。大分落ち着いただろう」
「・・・そうですね、ありがとうございます、ウェンさん」
急ぎ足で診療所へ向かい、また荒っぽくドアを開けると、ちょうどグルメマンに問診していたドクターと目が合った。
「やあ、こんにちわ、ティナさん」
「・・・・こんにちわっ」
ドクターはにこやかに笑うと、カルテを書き終え、マーサさんにそれを渡した。
「じゃあ、これでお願いします。・・・と、グルメマンさん。今日一日ゆっくり休まれれば大丈夫ですからね」
「・・・・申し訳ないデ〜ス」
「いえいえ。それではお客さんも来たことですし、僕はこれで。お大事に」
体に包帯もない。周りに点滴らしきものもない。
・・・ということは、やっぱり・・・・・・?
「食あたりだそうデ〜ス・・・」
「・・・・・やっぱり」
「あと、塩分も控えめにするよう言われたデス」
「当たり前でしょう」
「・・・・・・料理人失格デス」
「・・・・・・・・・」
「食材に気を使っていれば、こんなことにはならないはずデス。自分が情けないデース・・・・・」
「ホントにね」
「!」
少し伏し目がちにベッドの上で話していたグルメマンは、はっとしたように私の顔を見た。
「なんだか、一瞬でも心の底から心配した私が馬鹿みたいじゃないですか」
「ティ、ティナさん・・・?」
「いなくなったのかと思って・・・心配したじゃないですか!」
「・・・・・」
習慣って怖い。
宿屋に通ってるうちに、グルメマンと話さない日はどうにも心にわだかまりができたようになって。
グルメマンと話しているときは、他のどんな時間よりも早く時が過ぎているように思えて。
「確かに、ワタシ、秋にしかこの村に来られマセン。こう見えても多忙なんですヨ、ワタシ」
「・・・え?」
「でも、今やっている仕事に一段落がついたら。この花の芽村に永住しようと思ってるデス」
「・・・・え・・・えええぇ!」
「だからティナさん。待っててくれませんか?そのときが来るまで」
これはもしや・・・告白まがいのことをされているのだろうか。
そう思うと、顔が熱くて熱くて・・・・・
「・・・はい、待ってます」
「・・・・・ヨカッタ。それにしてもワタシ、まだまだティナさんのことよく知らないみたいデス」
「そっ、それはこっちだって同じですよ!だって名前だってまだちゃんと・・・・・・」
「それはここにずっと住むことになるまで、秘密にしておきマ〜ス」
「ずる・・・・・・・」
「ああ、それともワタシがこんな食あたりなんてしなくなるまで、デスカネ?」
「一人前になるまで、ですか?」
「そうデ〜ス。・・・一人前になった自分なんて想像つきませんネ」
「あははっ。・・・・・・・でも」
「?」
「こんな食あたりにかかったとしても、私がずっと面倒見てあげますからね」
ずっと気になっていた、変な人。
ずっと一緒にいたいと思える、そんな人に変わったのは冬の始まりの日だった。
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〜ちょいとあとがき〜
いやー、難しいです。グルメマンの語尾が。(笑)
作ってて新鮮で楽しかったのは事実です。けっこうグルメマンって直球ストレート派なんじゃないかと思って・・・
(管理人の激しい思い込みです)
辻褄がところどころ合わないようなのは気にしない気にしない(いちばん駄目じゃないか)。
そしてリクエストされてから小説をお届けできるまで、また遅くなってしまいました;
すみません、でも楽しかったです(コラ)。
これを読んでニヤニヤ笑って頂けたならばこれ幸いでございます。