| ユニセフの援助に対する返礼として昭和27年から10年間、世界各地に桜の種が送られ、それが成長し今、花が咲いています |
最近の桜 |
説明 |
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スイスのチューリッヒ市ペスタロッチ博物館に咲いた桜。 スイス大使館が送ってくれた昭和47年頃の写真は、赤いセーターの可愛い女の子が桜の香りをかいでいるもので、彼女の背丈よりやや高いほどの桜が、現在三階建ての建物ほどの高さになっています。 |
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ニューヨークのセントラルパークの桜。 ニューヨーク市役所宛てに40年代の写真を同封して,その成長ぶりを尋ねました。ジュリアーニ市長の回答するようにとの要請を受けたセントラールパークの理事・スターン氏から左の写真同封で返事をいただきました。 |
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オーストラリアの首都キャンベラに咲いた桜。 在オーストラリア日本大使館の大西さんは地元の新聞に投稿までして調べて下さいました。 ウォレン氏(Warren写真左)の話によると、40年代の桜は病気で枯れてしまい、現在の桜はその子供にあたるとの事でした。 |
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ドイツのブルフザル市に咲いた桜。 40年代当時,西独ブルフザルの誇りとする日本学童の桜でした。 その後、20数年間で見事に成長した様子が分かります。でも最近、元気がないとの添え書きがありました。背後の建物が昔のままであることも分かります。 |
| まず、「ツタンカーメンのエンドウ」は本当に王墓から発見されたものかどうか、という疑問です。カーター著 『ツタンカーメン発掘記』に書かれている数々の副葬品の中には,エンドウは見当たりません。だが、ニコラス リーヴス著の『黄金のツタンカーメン』の「食糧」の箇所に「王墓出土の豆類には、ヒヨコ豆やレンズ豆と偶然にまかれたエンドウ豆(Pisumsp.) などがある。これらの食物のなかで、多くが模型の穀倉(シュナス)や他の場所で,穀粒と混じって発見されている」とあります。 次に、かりにこのエンドウが王墓から出土したものであったとしても、3000年後に発芽するかどうかの問題です。種子と寿命・貯蔵の問題でもあります。理科の先生でした大内弘道氏は昭和39年から栽培した経験から、3年目から殆ど発芽しなくなった、と述べています。 前述のNHKの前野公彦氏が取材した5人の科学者のうち1人を除いた他はすべては否定的だったということです。私も2人の学者に聞きました。エジプト考古学者で、『黄金のツタンカーメン』の訳者でもある近藤二郎氏は「私の見解では、ツタンカーメンのエンドウは王家の谷出土のものとすることは、殆ど不可能と考えています」と。生命科学研究者の山口裕文氏は「科学的根拠が無いのでコメントは出来ない」と慎重な中にも「このエンドウが古いものである、と言うのは危険を伴います」と。 また山口氏が心配されている通り「真実が確かでない派生した想像」が一人歩きしていました。例えば40年代当時の新聞記事。「イギリスの考古学者カーター氏がツタンカーメン王の墓を発掘したとき、ひつぎの中からいろいろな装飾品といっしょに見つけ、カーター氏がイギリスに持ち帰り、苦心の結果、自宅の庭先で遂に発芽させたものの子孫」。 前述のイレーヌ夫人の手紙にもこのことは触れられていないし、何よりもカーター氏が自宅に持ち帰って栽培したという証拠はありません。 大内弘道氏から頂いた手紙の一節、「ツタンカーメンのエンドウにつきましての真偽はともかくとして、古代のロマンを感ずるひとつの事柄としての意義はあろうかと存じます」。 |