『プロポーズ』


あいつと出会ってから、既に5年の時が過ぎ去っていた。
いつも、一番近くにいてくれた、あいつ。
車の助手席は、いつの日か、あいつの指定席となっていた。


その日も、あいつは助手席にいた。
「鍵を差し込んだだけでは、車は動かないわ」
別れ間際に、その口からこの言葉は、こぼれたのである。
それは、とても小さな、聞き取る事がやっとのものだった・・・。
オレは最初、その言葉の意味が良く分からなかった・・・。
あいつの言いたかった事・・・。
いくら考えて見ても、やはりどうしても分からない。


そして、その意味も全く分からないままに、何日かが過ぎて行った・・・。

いつものように、隣に座る、あいつ。
何気に、車のキーを、右にひねる。
その時・・・。
オレは、はっとした。
車のエンジンをかけるには、単に鍵を差し込むだけでは駄目なのだ。
そう、今までのオレは、鍵を差し込んだだけに過ぎない・・・。


そして・・・。

「ねえ、何処に行くの?」
行き先も告げずに、助手席に座らせられた、あいつは、
怪訝な表情で、オレにこう言った。
「分からないか?」
「そんなの、分かる訳ないじゃない」
即座に答えてくる、あいつ。
まあ、当然だろう・・・。
ゆっくりと、助手席に振り向きながらオレは言った。
「行き先なんて、何処でもいいだろ。オレたちが出発出来るんなら」
「えっ?」
驚いたように、オレの目を見返す、あいつ。
そして、その顔は、驚きから次第に笑顔に変わって行った。

「しっかり、つかまってろよ。オレ、運転荒いから」
「言われなくても、知ってるわよ」
そして、オレの顔を見続けながら、尚もあいつは言った。
「助手席に座ってるのは、あたしだから、何があっても平気だよ・・・」

オレはそれには答えず、無言でアクセルを踏み込んだ。
大丈夫、そう、その時オレは、
あいつと言う、人生のナビゲーターを手に入れたのだから。


Tomoi Fujisaki

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