東日本大震災の記憶
 
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グレイ、ベクレル、シーベルト
 東日本大震災では、福島第一原子力発電所が損傷しました。その後、「シーベルト」という言葉がマスコミから発信され、被害が拡大すると「ベクレル」という言葉が発信されました。これらの言葉の意味とは、どのようなものなのでしょうか。
 食品の検査では放射性ヨウ素と放射性セシウムばかりがマスコミで取り上げられています。その理由は、これら2つの放射性物質は気化(ガス化)する温度が低く、風に流され広範囲に拡散したためです。風に流された放射性物質は野菜などの食品に付着します。それを食べると内部被ばくしてしまいます。このような話を聞くと、とても不安になります。放射線に対する不安をやわらげるためにも、基本的な知識が必要です。


●放射線
 原子を構成している電子を弾き飛ばす性質を持った電磁波や粒子線を放射線といいます。つまり、放射線は原子や分子に影響を及ぼします。細胞内にあるDNAにも影響を及ぼすので注意が必要なのです。
 代表的な放射線には、アルファ線、ベータ線、ガンマ線、エックス線、中性子線*1があります。
アルファ線  ヘリウムの原子核が高速で飛んでいるのもの。
ベータ線  電子が高速で飛んでいるもの(高速の電子ビーム)。発生源の放射性物質により速度は異なる。
中性子線  中性子が高速で飛んでいるもの。
ガンマ線  可視光線よりも波長が100万分の1ほど短い光のこと。
エックス線  ベータ線を金属の板にぶつけると、電磁波の形でエネルギーが発生する。この電磁波がエックス線である。
 放射線の正体は、高速で飛んでいる小さな粒、あるいは波長の短い光(電磁波)です。

【ヘリウムの原子核】
 紫色は陽子、緑色は中性子、黄色は電子を表しています。原子の大きさは電子軌道の直径で決まります。
*携帯電話が普及する段階で、携帯電話のアンテナから出る電磁波で脳が悪影響を受けるのではないかと心配されました。携帯電話の電磁波は、非電離放射線に分類されており、ガンマ線やエックス線のような強いエネルギーを持っていませんので、神経質になる必要はありません。
 日本にはラドン温泉が各地にあり、病気や健康増進に効能があると伝えられてきました。ラドン温泉からは微量のアルファ線が出ています。微量の放射線は健康に良いといわれる理由がここにあります。村杉温泉(新潟県)の源泉の放射線量は、0.32マイクロシーベルト毎時です。

●放射性物質
 放射線を出す性質を持っている物質を、放射性物質といいます。
 ほとんどの元素は、安定な状態で原子や分子として存在しています。わずかに存在する不安定な原子は、放射線を出して、徐々に安定な原子に変わっていきます。
 例えば、セシウム137はベータ線を放出してほとんどがバリウム137mに、更にガンマ線を放出して安定なバリウム137になります。
 
陽子数 中性子数 崩壊
セシウム137 55 82  中性子が電子を放出して(ベータ線を出して)陽子に変化する。これをベータ崩壊という。
 セシウム137がベータ崩壊すると、一部はバリウム137になるが、ほとんどはバリウム137mになる。
バリウム137m 56 81  ベータ崩壊で放出しきれなかったエネルギーをガンマ線として放出し、安定なバリウム137になる。
バリウム137 56 81  無し
*同じセシウムでも、セシウム133(陽子数55個、中性子数78個)は安定した元素のため崩壊しません。

●放射能
 放射性物質が放射線を出す能力を放射能といいます。放射性物質そのものを放射能という場合もあります。

●放射性の原子と原子核
 放射性物質の最小単位は、放射性の原子と原子核です。原子核から放射線が出ると、その原子核は別の原子核に変化します。ウランはアルファ線を出して、トリウムに変化します。放射性のコバルトはベータ線とガンマ線を出してニッケルに変化します。

●グレイ(吸収線量):Gy
 放射線が人体1Kgあたりに吸収された量を、吸収線量といいます。その単位がグレイです。1グレイは、人体1Kgあたり約0.24カロリーのエネルギー量です。

●ベクレル(放射能の強さ):Bq
 放射性原子が1秒間に減る量を表す単位がベクレルです。1ベクレルとは、1秒間に放射性原子が1個減ることを意味します。農作物の安全性を示す暫定規制値は、放射性セシウムが500ベクレル/Kg、放射性ヨウ素が2000ベクレル/Kgです。プルトニウムは1ベクレルでも危険だと暫定規制値*2で定義されています。

●シーベルト(実効線量):Sv
 放射線が人体に与える影響の大きさは、吸収線量だけで決めることはできません。放射線の種類や、放射線が当たる臓器などによって異なるからです。そこで、人体に与える影響の大きさを求める計算式が決められました。その単位がシーベルトです。1グレイの放射線が全身に均等に吸収された場合の実効線量は1シーベルトです。*3
 10シーベルトの放射線を一度に浴びると、回復することなく死に至ります。

●半減期
 放射性原始が多数集まった放射性物質は、時間の経過とともに崩壊して、放射性原子の数が減っていきます。放射性原子の数が半分に減る時間を半減期といいます。言い換えれば、放射性物質が出す放射線の量が半分になるまでの時間を半減期といいます。
 プルトニウムの半減期は2万4千年です。永遠とも思える長期間にわたり放射線を出し続けます。出している放射線は、人体に与える影響がとても大きい「アルファー線」です。体内に取り込んでしまうと、わずか1ベクレルでも危険だと暫定規制値で定義されています。

●放射性ヨウ素
 放射性ヨウ素は、甲状腺に集まりやすいという性質があります。甲状腺というのは、のど仏の下にある器官で、新陳代謝を促進する甲状腺ホルモンを出します。体の小さい子供は、甲状腺も小さく、大人よりも少ない量の放射性ヨウ素で甲状腺が満たされてしまいます。つまり、子供は大人よりも注意が必要なのです。*4
 放射性ヨウ素の半減期は8日です。放射線の量は、8日目で1/2になります。そして、16日目で1/4になります。数ヶ月でほとんど出なくなります。

●放射性セシウム
 放射性セシウムは、筋肉に集まりやすいという性質があります。
 しかし、体内に取り込んだ放射性セシウムの半分は、約100日で体の外に排出されます。つまり、約200日で体内の放射性セシウムの量は1/4になるのです。
 放射性セシウム137の半減期は30年です。安心情報としては、体の外に排出される性質が強いといことです。

●放射性ストロンチウム
 放射性ストロンチウムは、骨に蓄積して長期間にわたって放射線を出し続けます。カルシウムと性質が似ているため骨に蓄積してしまいます。
 放射性ストロンチウム90の半減期は29年です。

●暫定規制値
食品 暫定規制値
(ベクレル/Kg)
放射性ヨウ素 飲料水、牛乳、乳製品 300
野菜類(根菜、芋類を除く)、魚介類 2000
放射性セシウム 飲料水、牛乳、乳製品 200
野菜類、穀類、肉、卵、魚、その他 500
ウラン 飲料水、牛乳、乳製品、乳幼児用食品 20
野菜類、穀類、肉、卵、魚、その他 100
プルトニウム類など 飲料水、牛乳、乳製品、乳幼児用食品 1
野菜類、穀類、肉、卵、魚、その他 10

●体内および食品中に含まれる放射性物質
 普段食べている食べ物の中にも放射性物質が含まれています。私たちは日常的に放射性物質を取り込んでいます。これらの放射性物質は代謝によって体外に排出されるため、体内に蓄積され続けることはありません。
体内に含まれる放射性物質の量
カリウム40 4,000ベクレル
炭素14 2,500ベクレル
鉛210、ポロニウム210 20ベクレル
セシウム137 20〜60ベクレル
体重60Kgの日本人男性の場合
食品中のカリウム40の放射能
白米 40
100
牛肉 100
ほうれん草 200
干しシイタケ 700
生ワカメ 200
単位は、ベクレル/Kg

 
*1 中性子線
 中性子線は核分裂によって発生します。体内被曝をしなくても大変危険な放射線です。放射性ヨウ素や放射性セシウムのように広い範囲に飛散することはありません。中性子線が原子炉以外から出ることは、まず考えられません。
 中性子線は物質を通り抜ける性質が強いのですが、空気などに遮られ弱まります。4Km離れれば、線量は10万分の1程度に減るそうです。1999年の核燃料加工会社JCOで起きた事故では、大量の中性子線が放出されました。

*2 暫定規制値
 暫定規制値とは、放射性物質で汚染された食品が出回らないようにするための暫定的な規制値です。食品衛生法では放射性物質で汚染された食品に対する規制値が設定されていませんでした。そこで、原子力安全委員会が定めていた「飲食物摂取制限に関する指標」を採用し、農産物の出荷制限を行いました。
 海産物に対しては、放射性ヨウ素の海産物に関する指標が定められておらず、農産物と同じ数値が採用されました。

*3 自然界に存在する放射線
 米ソ冷戦時代、地上核実験が行われました。このとき大量の放射性物質が放出され、空気の流れに乗って世界中に拡散し、地上に落下しました。その結果、微量ではありますが、地上から放射線が出ています。
 宇宙空間からも放射線(宇宙線)は降り注いでいます。この放射線は空気によって遮られるのですが、地上にも到達します。山頂や飛行機の中など、宇宙空間に近い場所では地上よりも多くの放射線が降り注いでいます。高度10,000mでは、地上の約100倍の放射線量になるそうです。
 日本に住んでいる人が一年間に被曝する放射線量は、平均で1.5mSv(ミリ・シーベルト)です。胸部レントゲンは一回で0.05ミリ・シーベルト、飛行機で東京とニューヨークの間を往復すると0.19ミリ・シーベルト、CTスキャンは一回で6.9ミリ・シーベルトの放射線を浴びます。
 人間には回復力があります。ですから、合計していくら放射線に被曝(ひばく)したかというより、短時間に大量の被曝をするほうが同じ被曝量でも危険が大きいそうです。
 東日本大震災で発生した原発事故では、避難区域を除けば、放射線の影響で癌になることを心配するより、タバコの影響で癌になることを心配をしたほうがよいと報道されました。
 以上のことは外部被ばくに関することで、内部被ばくと比較することはできません。

*4 放射性ヨウ素
 放射性ヨウ素は、ガス状で放出され、植物の葉に着きやすいという性質があります。水にも溶けるそうです。牧草や干し草などに付着した放射性ヨウ素を牛が食べると、牛乳の中に放射性ヨウ素が溶け込んでしまいます。
 チェルノブイリの事故の直後、大量の放射性ヨウ素が放出されました。そのため、周辺の牛から採れた牛乳は放射性ヨウ素の濃度が高く、それを乳児が飲み、当時18歳未満だった住民の約6800人が甲状腺がんになったといわれています。原因は、高濃度の放射線で汚染された牛乳ではないかと考えられています。
 ヨウ素とは、体に必要な必須ミネラルの1つです。甲状腺ホルモンを作るために使われます。ヨウ素と放射性ヨウ素は性質が似ているため、体が間違って取り込んでしまいます。
 放射性ヨウ素の取り込みを防ぐには、安定ヨウ素剤というものを飲むと効果があるそうです。ただし、効果を出すためには飲むタイミングが大切です。副作用があるので、添付されている注意事項を読んで服用してください。
 安定ヨウ素剤の服用は、あくまで緊急措置です。何度も服用することが無いように非難を優先しましょう。
 東日本大震災の直後、ヨウ素が入ったうがい薬を飲むと効果があるというデマが流れました。ヨウ素といっても種類があり、うがい薬を飲んでも害があるだけなので、絶対にうがい薬を飲んではいけません。