東日本大震災の記憶
 
- 要援護者と震災 -
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 体の運動機能に障害を持った人は避難行動を取ることが難しく、東日本大震災では犠牲になった障害者がたくさんいました。特に脳梗塞で障害を持った人がたくさん犠牲になったそうです。津波から逃げ切れなかったのです。
 何十年か後、自分の体が不自由になった時のために、災害時要援護者対策について知っておきましょう。

 災害時要援護者対策は、平成16年に発生した一連の風水害(新潟・福島豪雨、福井豪雨、台風など)で高齢者が大きな被害を受けたことをきっかけに、翌平成17年に国がガイドラインを作成しました。このガイドラインを基に各市町村が災害時要援護者対策を実施しています。
 自治体は、災害時要援護者を名簿に登録し、登録された人それぞれに対して避難計画を作成します。ただし、災害時は不測の事態もありうるので、災害時要援護者登録制度への登録で支援が必ずしも保証されるものではありません。

 石巻市の例を見てみましょう。

 石巻市では、災害発生時に障害者や高齢者の避難を支援する仕組みを作成していました。災害時要援護者として登録されている避難困難者に二人の支援者を割り当て、災害時にはどちらかが駆け付け、避難困難者の避難を支援するという仕組みです。
 東日本大震災で仕組みの問題点が浮き彫りになりました。
  @制度の説明が不十分だったために、登録していない人が多かった。
  A支援者が遠くに住んでいる親戚であった。
  B一人の大家が多くの住人の支援者になっていた。
 このように、実際に避難する際、支障が出てしまう地域がありました。

 石巻市の牡鹿(おしか)地区では、身体障害者福祉協会の48人の会員中、46人は避難して無事でした。牡鹿地区ではどのような取り組みがあったのでしょうか。
 牡鹿地区では津波防災訓練を実施していました。この地区では、地形の関係上、地震が起これば津波が来るというのが常識だからです。
 訓練の要点は、地震発生の際にどこへ避難すればよいのかを住民に周知にすることだったといいます。
 どの家からも10分以内に避難できるよう、30か所以上もの避難場所を設けていました。訓練の際には、避難に要した時間を測定し、避難は時間との戦いであることを意識してもらいました。できるだけ多くの障害者に参加してもらうために自治体からも働きかけたそうです。健常者・障害者に係わらず、自力で避難できる人は自力で避難するという訓練が行なわれていました。

 石巻市の事例をみると、災害時要援護者登録制度に甘えることなく、自力で避難できる場合は、自力で避難することが自分の命を守ることになるようです。