東日本大震災の記憶
 
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災害と心理学
 災害に遭った時、冷静に行動することができるでしょうか。災害発生時、人の心理がどのように働くのかを知っていれば、冷静に行動することができるかもしれません。
 以下に、代表的な3つの心理を紹介します。

正常性バイアス…危険な状況ではないと思いこむ心理
 なるべく危険を感知したくないという心の動きがあります。ある程度の危険は無視してしまおうという心の枠組みがあります。これは、あまり小さな危険まで敏感に感じているとストレスがたまって日常生活がうまくいかなくなるためです。
 自分は、安全な場所にいるんだ。危険なことはしていないんだ。このように思いこむ心理を正常性バイアスといいます。
 人間は危険が迫っても避難したがらない動物である。このようにいわれるのは正常性バイアスが働いているからなのです。
 正常性バイアスは、避難が遅れる原因になっていると考えられます。東日本大震災では、地震が収まったあと、日常生活を取り戻そうとして自宅や職場の後片付けを始めた人が大勢いました。地震が収まったことで安心してしまったのです。そして逃げ遅れました。
 津波から逃げ遅れ亡くなられた人の多くは、溺死ではなく、津波による圧死、溺砂(できすな)、津波肺で亡くなられた可能性があります。
 圧死とは、津波の巨大な圧力による窒息死のことです。溺砂とは、肺に大量の砂が入り込んだ結果の窒息死のことです。津波肺とは、ヘドロや油が肺に入り込んだ結果おこる窒息死です。

同調バイアス…判断や行動を周りに合わせようとする心理
 他人と違う行動をとっていると、間違ったことをしているのではないかと不安になることがあります。そこで、周りの人と同じ行動をとることで安心を得ようとします。このような心理状態が同調バイアスです。
 大勢の人が同じ行動をとっているのだから、この行動は正しいんだ。そう思い込み津波にのまれた人がたくさんいました。

愛他(あいた)行動…自分の命をかえりみず他人の身を守ろうとする心理
 災害時には、危険な状況にある人を助けようとする心理が強くなります。
 今、この人を助けないと、この人は死んでしまうかもしれないと思うと、自分の身の危険を考えなくなってしまいます。そして、助けるという行動に集中してしまいます。
 東日本大震災では、愛他行動によって津波にのまれ、命を落とした犠牲者がたくさんいまいた。
 愛他行動によって人命をたすけたからといって美談として語ってはならず、愛他行動をとらなかったからといって非難してはいけません。
 愛他行動を美談として語り報酬まで与えれば、次に同じようなことがあったとき報酬を目当てに危険な行動に出る人が出てくるかもしれません。愛他行動をとらなかったことで非難されれば、次は非難されないようにしようと考えて危険な行動に出るかもしれません。
 
 災害時に働く心理と行動が解明されているくらいですから、もちろん対策も考えられています。その対策とは”率先避難”というものです。率先避難とは、率先して避難する姿を見せて、周囲の避難行動を促すという取り組みです。
 岩手県釜石市の教育委員会は、群馬大学の片田教授らとともに防災教育に取り組んできました。授業時間を増やし、子供たちに登下校時の避難計画を立てさせる、避難3原則をたたき込むなど、内容を充実させました。
 避難3原則とは、(1)想定にとらわれない。(2)状況下において最善をつくす。(3)率先避難者になる。というものです。
 東日本大震災の大津波で鵜住居小児童が校舎3階から校庭に駆け出して高台に向かったこと、釜石東中の中学生が率先避難者となって小学生を導いたことなど、訓練の成果が出ました。

 「津波てんでんこ」という岩手県三陸海岸地域に伝わる津波防災伝承では、津波が来たら各自てんでんばらばらに高台に逃げろと伝えています。家族や友人の安否確認は、逃げたあとでよいといいます。この伝承を守る避難訓練では、避難所ではなく高台に逃げろと指導されます。避難所が津波にのみ込まれると判断したならば、迷わず高台に逃げる。子供たちにもこのような行動がとれるように指導しています。保護者が迎えにくるまでその場(避難所)に留まらせるほうが危険だからです。

 徳島県内の3つの商工団体は、東南海・南海地震に備えて「率先避難企業」という新たな取り組みを始めることになったそうです。地震のあと社員全員が業務を中断してすみやかに集団で逃げることで、地域の住民に避難を促すことを目的としています。


<津波てんでんこ>
 ”てんでんこ”とは、各自のこと。つまり、津波てんでんことは、各自ばらばらに避難しなさいという教えです。家族の安否を確認しに行ってはいけません。
 「家に居るおじいちゃん、おばあちゃんも一人で逃げている。だから、助けに行く必要はない」という信頼関係が無ければ、津波てんでんこの伝承は守れません。だからこそ、相手を信じて自分も逃げるのです。
 岩手県釜石市の小学校では東日本大震災の時、保護者数人が生徒を引き取りに来ました。教職員は一緒に避難することをすすめましたが、一人は児童を連れて帰宅しました。そして、津波の犠牲になりました。釜石市内の小中学校では、全児童・生徒が即座に避難し、生存率は99.8%でした。この数字が、”津波てんでんこ”の教えの正しさを語っています。

2016年3月2日追記)
2012年1月11日